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[インタビュー] 社会学科 北野邦彦先生 後編
2005年05月27日 (金) | 編集 |




帝京大学の人気先生を直撃インタビューしてみようというこの企画もいよいよ後編。後編では北野先生の学生のときの話や社会人のときの話です。 (interviewer nagaman)

-先生は大学時代、どんな学生でしたか? また、学生生活は?

北野「うーん、非常に平たく言えばよく学びよく遊んだよね。僕らのころはマージャンがすごく流行ったね。今の若い人はあまりやらないけど、何処の大学でも周りには雀荘がいっぱいあったっていう時代だった。レジャーなんてなかったんだから。今みたいにジェットコースターなんて何処にもなかったからさ、豊島園のウォーターシュートって言うのが唯一スリルを感じられた。上からドーンと落ちてそれでおしまい(笑)。そういう時代で、皆よくマージャンやってなあ。そうすると要するに、講義に出られなくなっちゃうわけだ。大体マージャン屋で焼きそばを出前でとって食べて、でまたマージャンしてる。そのうち講義に出るのを忘れてたとか。忘れてるんじゃなくて覚えてるんだけど出られなかったっていう(笑)。」

北野「あとは、学生生活ね。マージャンだけじゃね(笑)。僕は早稲田に行っていたんだけど、広告の勉強したいなあって思って。で、そのころ広告って言う講座が、今でこそ百何十って大学でやってるんだけど、当時は早稲田と明治、それから横浜市立大学と三つしかなかったんだよ。でまあ早稲田に行って、広告の学会では大変有名な小林太三郎先生という方がいて、その先生のゼミに入ったわけ。だから一生懸命勉強したよ?で、その人は最初、日本広告学会というのを作って会長になった人で、大変な勉強家でね、見習わなきゃいけない責任ができちゃってね。」

-北野先生もゼミの学生から尊敬されていますよ?

北野「そうかな?(笑)どうもあんまり態度に表してないよね(笑)」

-北野ゼミでは何を?

北野「基本的には広告キャンペーンってのがどうやって組み立てられるか、これを実地でグループで体験してもらおうというのが基本だね。春学期と秋学期に分けて、最初は広告キャンペーンってのはこうやって組み立てられるんだってことを、電通の新入社員教育に使ってるようなのを下地にして勉強する。そのあとに今度はグループごとに分かれて、一つのテーマに関して皆でキャンペーンの競作をするわけ。だから例えば携帯電話をどうやっていい広告キャンペーンにして作り上げようかってことをグループに分かれて発表するわけ。そうして発表の優劣をみんなで決めたりね。一等賞には私のポケットマネーから商品をだすってことになってる。」

-北野先生が学生だったとき、ゼミでは何をしたんですか?

北野「そのときはそういうキャンペーンとかがなかったからやらなかったけど、小林先生は助教授で非常に若くて、アメリカの知識を持って帰ってきてなかなか新進気鋭の学者だったから、よく喋っていたよ。いろいろ教わったね。でも習ったこと全部忘れちゃった(笑)

-って忘れちゃったんですか!(笑)

北野「うん、忘れちゃった!卒論も書いたけど何を書いたか忘れちゃった(笑)

-そのゼミで今も飲み会とかはしてるんですか?

北野「先生が体調をくずして今は家で自宅療養してるんだけどね、ついこないだまで毎年ずーっとやってたよ。

毎年やってたんですか!?何年間ぐらいやってたわけですか?

北野「30年ぐらいじゃないかね。」

どんな付き合いなんだ30年って(笑)

北野「小林先生は真面目な方でね、ゼミ会だから単なる飲み会じゃないんだよ。最初に先生が新しい広告事業ってのを講義をしてから始まるんだけどね。」

えぇ!?授業から…(笑)じゃぁ北野先生もゼミの飲み会の時に授業から始めてはどうですか?

北野「ふっふっふ」


-先生の授業で、上戸彩のことを先生が『彩ちゃん』って言っていたのを聞いて、僕らは先生が上戸彩のファンなんじゃないかと思ったんですよ。

北野「えぇ?うっはっはっはっは(笑)

-その真否を問いたいなと思いまして(笑)

北野「はっはっは(笑)いやいや別にファンじゃないよ。だけどなかなか演技がうまい娘だよね。」

-ファンだと思ってました(笑)

北野「いやいや(笑)いくらなんでも僕らのファン層ってもうちょっと上の段階だよ。」

-先生が学生の頃は?

北野「学生の頃はだれが流行ってたんだろうなぁ~、うーん…要するに僕らは加山雄三と同じ世代だからねぇ、そのくらい昔だよ。あの頃にいた有名な女優といえば、北原三枝とかさ。」

-あ!キタハラミエ!…わかんない(笑)

北野「そうか、ふはっはっは(笑)こういうの話はお互い断絶感を味わうばっかりだからやめよう(笑)」


-電通で働いていた頃を振り返るとどんなことが楽しくてどんなことがつらかったですか?


北野「そうね、楽しい事はたくさんあったね。広告の商売をしてみたいなっていうのがあって、そういうのをやれたっていうのはよかったね。その中でもやっぱりニューヨークにいた六年間だね。これは面白かった。大変だったけどね。英語だって速く喋られたら本当に凄いんだから。ニューヨーカーの英語っていうのはわけがわからなくてね。街の中の人、特に黒人とかは独特の英語を喋るわけだ。あとは南部、特にテキサスは大変だったよ。そこに出張に言ったときに道を聞いたんだけど、子供が喋ってるのを何回も聞きなおしたよ。でもやっぱり印象に残ってるのはニューヨークにいたときだねぇ。」

-ニューヨークではどんな仕事をしたのですか?

北野「ひとつは、当時ニューヨークにオフィスを置いた日本系の会社ってのは非常に少なかったわけ。だからそういう点で電通に頼ってくるお得意さんってのはたくさんあったね。そういう会社の人たちが日本から来て、いろんなビジネスの案内をしてあげるとか、それから観光を一緒に行ったりとか、そういうのがひとつ。それから現地の広告主の広告キャンペーンをどうやってやっていくかという事。それと電通本社からくるいろんな仕事だよね。契約書をいまから送るから電通の弁護士と一緒に相談して相手方のところにいってきちっと話をつけてきてくれ、とかね。それと、これからこういう新しい話があってどうも日本人はよくわからないから、ニューヨークで実際に調べてきてくれとかさ。けっこう忙しかったよ。」

-思い出に残る広告キャンペーンとかありました?

北野「うーん、これはちょっとお得意さんがらみだからちょっと言えない(笑)、ふはっははっはっはは(笑)」


-最後は先生の恋愛感についてお聞きしたいなと思いまして(笑)

北野「えぇぇ!?はははは(笑)」

-学生時代はけっこう恋愛とかしたんですか?(笑)

北野「あんまりしたほどでもないねぇ。やっぱり勉強をまずやんなきゃねぇ、ふっふっふっふっふ(笑)

-好きな子とかいなかったんですか?

北野「僕は商学部っていうとこにいってたんだけどね。500人ぐらい学生がいるんだけども、その頃はまったく女性ってのはいなかったねぇ。その中で女性は3人しかいなかったね。それでもちろん広告やってみようっていう女子学生ってのはまったくいなくてね。ところが最近は広告の勉強をしたいっていう女子学生が増えてきてさ、驚いたね。さっきいったゼミ会でも多いよね。今年の2年生は特に多いよね。」

-でも恋はしましたよね?

北野「ん?・・・・恋はしないよ(笑)はっはっはっはっはっは

-いまの奥さんとはどうやって出会ったんですか?

北野「電通の知ってる友達が紹介してくれて…こんどあれだよ、就職きまった順番にゼミで発表するようにしよう」

↑(いきなり話題を変える北野先生かわいい)




北野先生、ありがとうございました!


◆帝京大学文学部社会学科 北野邦彦教授

授業は主に「マーケティング」「情報社会論」「広報論」「広告文化論」「広告産業論」など。

コメント
この記事へのコメント
やっぱ北野先生はおもしれぇなぁ。
だから俺は尊敬しとるけどね。
2005/07/01(Fri) 22:31 | URL  | コンドウ #79D/WHSg[ 編集]
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